湛《たた》へ、夏の星が、強《し》ひて在所を見つけようとすると却《かえ》つて判らなくなる程かすかに瞬《またた》き始めてゐる。
この時、落葉ともつかず、煤《すす》の塊《かたまり》ともつかない影が、子供たちの眼に近い艶沢《つや》のある宵闇の空間に羽撃《はばた》き始めた。その飛び方は、気まぐれのやうでもあり、舵《かじ》がなくて飛びあへぬもののやうでもある。けれども迅《はや》い。ここに消えたかと思ふと、思はぬ軒先《のきさ》きに閃《ひら》めいてゐる。いつかお涌も子供達に交《まじ》つて「蝙蝠来い」と喚きながら今更めづらしく毎夜の空の友を目で追つてゐると、蝙蝠も今日の昼に水替へした井戸の上へ、ひら/\飛び近づき、井戸の口を覗《のぞ》き込んではまた斜に外れ上るやうに見える。お涌は蝙蝠が井戸の中の新しく湧《わ》いた水を甞《な》めたがつてゐるのかとも思つた。ふと、今しがた自分が覗いた生々として落ちついた井の底の世界を、蝙蝠もまた、あこがれてゐるのではあるまいか――
「かあいさうな、夕闇の動物」
お涌は、この小さい動物をいぢらしいものに感じた。
「捕つた/\」
といふ声がして、その方面へ子供が、わーつと
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