よう》をめざして、それ等《ら》のさかな[#「さかな」に傍点]の中の小さい幾つかを呉《く》れた。お涌は誰の目にもつきやすく親しまれるたちの女の子であつた。
夏の日暮れ前である。子供達は井戸替へ連中の帰るのを見すまし、まだ泥土でねば/\してゐる流し場を草履《ぞうり》で踏み乍《なが》ら、井戸替への済んだばかりの井戸側のまはりに集つてなかを覗《のぞ》く。もう暗くてよく判らないが、吹き出る水が、ぴちよん、によん、によんといふやうに聞え、またその響きの勢ひによつて、全体の水が大きく廻りながら、少しづつ水嵩《みずかさ》を増すその井戸の底に、何か一つの生々してゐてしかも落ちついた世界があるやうに、お涌には思はれた。
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蝙蝠《こうもり》来い
簑《みの》着て来い
行燈《あんどん》の油に火を持つて来い
……………………
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仲間の子供たちが声を揃《そろ》へて喚《わめ》き出したので、お涌も井戸|端《ばた》から離れた。
空は、西の屋根|瓦《がわら》の並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、紗《しゃ》のやうな黒味の奥に浅い紺碧《こんぺき》のいろを
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