見上げた。
お涌と島谷との結婚は、近来なんとなく健康のすぐれぬお涌自身の返事が煮え切らず、※[#「足へん+遷」、46−6]々《せんせん》として時期も定まらぬままに過ぎて行くうち、島谷は他の縁談に方向を求め、極めて事務的な結婚をして仕舞《しま》つた。
秋になつて、真黒な健康顔をして長い旅から帰つて来た皆三は、家に一休みすると突然母親にかういひ出した。
「今度、始めて家を離れて長旅をしてみましたが、なんとなく寂しい。やつぱり結婚でもしてみたくなりました。お涌さんを貰《もら》つて頂きませうか、お母さん」
その言葉は別だん、力の籠《こも》つた云ひ方ではなかつたが、母親には電気のやうに触れた。母親には、何か無理に力一ぱい自分がへし曲げてゐたものに最後に弾《は》ね返されたやうに感じた。(やつぱりさうか)と母親は観念すると、たちまちそこに宿命に素直になる歓びさへ覚えた。
「やつぱり、さうだつたのかお前」
母親の皆三にむけて微笑した眼には薄く涙さへ浮んだ。
長い年月が過ぎて行つた一夏、日比野皆三博士が、学生たちを指導してゐる間、葉山の別荘に夫人の涌子は子供たちと避暑に来てゐて、土曜日
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