の灯《ひ》、街路樹、さういふものをあとにして、お涌はひたすら暗い道へ道へと自分の今の気持ちに沿ふところを探し歩いた。どことも覚えない大溝《おおどぶ》が通つてゐて小橋がまばらに架《かか》り、火事の焼跡に休業の小さい劇場の建物が一つ黝《くろず》み、河沿ひの青白い道には燐光《りんこう》を放つ虫のやうにひしやげた小家が並んでゐる。蒼冥《そうめい》として海の如く暮れて行く空――お涌には自分の結婚の仲立ちをする日比野の女主人も、それに有頂天になる肉親も、自分の婿にならうとする島谷も、すべてはおせつかいで意地悪く、恨《うら》めしく感じられた。皆三には――皆三には、無性に※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》りつき度いほど焦立《いらだ》たしさ口惜《くや》しさ、逢《あ》つてその意気地なさを罵倒《ばとう》し度《た》くて、そのくせ逢ひもせぬ自分の不思議なこじれ方をどうしやうもない……ああ、かういふ時、蝙蝠でも飛んでゐて呉《く》れればよい。子どもの井戸替への夕、あの蝙蝠も覗《のぞ》くかと見た井戸の底の落付いた仄明《ほのあか》るい世界はいまどこにあるであらう。
 お涌は、ここをどことも知らぬ空を
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