》ど、島谷とお涌との結婚が決定的なものとなつた。
ところが、そこまで来て急にお涌の心は、何もかも詰《つま》らないといふ不思議なスランプに襲はれた。そしてあるとき皆三の母親から聞いた皆三の、当分独身といつた言葉は、皆三の性格としては、もつともと思へるが「何といふ意気地なし」といふやうな言葉で、皆三を思ひ切り罵倒《ばとう》してやり度《た》い気持ちがお涌に湧然《ゆうぜん》として来た。それでゐながら、早速皆三に逢《あ》ふほどの勇気も出ない。日毎《ひごと》に憂鬱《ゆううつ》と焦躁《しょうそう》に取りこめられるやうにお涌はなつて行つた。
東京には、かういふ娘がひとりで蹣跚《まんさん》の気持ちを牽《にな》ひつつ慰み歩く場所はさう多くなかつた。大川端にはアーク燈が煌《きら》めき、涼み客の往来は絶ゆる間もない。両国橋は鉄橋になつて虹《にじ》のやうな新興文化の気を横《よこた》へてゐる。本所《ほんじよ》地先の隅田川百本杭は抜き去られて、きれいな石垣になつた。お涌は、別に身投げとか覚悟とかさういつた思ひ詰めたものでもない、何か死とすれ/\に歩み沿つて考へ度《た》い気持ちで一ぱいだつた。
電車の音、広告塔
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