化の猛威に対して、少しも復讐《ふくしゅう》の気持が起らず、かえって、その逞ましさに慄《ふる》えて魅着《みちゃく》する自分は、ひょっとして、大変な錯倒症《さっとうしょう》の不良|娘《むすめ》なのではあるまいか。だが何といっても父や自分の魂《たましい》の置場はあそこ――都会――大東京の真中よりほかにないのだから仕方がない、是非もない……。
「小初先生。時間ですよ。翡翠《ショービン》の飛込みのお手本をやって下さい」
 水だらけの子供を十人ばかり乗せ、櫓台の下へ田舟《たぶね》を漕ぎ近づけて、材木屋の貝原が、大声を挙げた。飛騨訛《ひだなま》りがそう不自然でなく東京弁に馴致《じゅんち》された言葉つきである。
「お手本をも一度みんなに見せといて、それからやらせます」
 脂肪《しぼう》づいた小富豪《しょうふごう》らしい身体《からだ》に、小初と同じ都鳥の紋《もん》どころの水着を着て、貝原はすっかり水泳場の助手になり済ましている。小初はいつもよりいくらか滑《なめ》らかに答えた。
「いますぐよ。少しぐらい待ってよ」
 だが、息づまるような今までの気持からいくらか余裕《よゆう》をつけようとして、小初はもう一度
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