いかん」
 河口西側の蘆洲をかすめて靄の隙《すき》から市の汚水《おすい》処分場が見え出した。
 ここまで来ると潮はかなり引いていて、背の高い子供は、足を延ばすと、爪先《つまさき》がちょいちょい底の砂に触れた。
 小初は振り返って云った。
「さあ、ここからみんな抜き手よ」
 やがて一行は扇《おうぎ》形に開く河口から漠々《ばくばく》とした水と空間の中へ泳ぎ入った。小初はだんだん泳ぎ抜き、離れて、たった一人進んでいるのか退いているのか、ただ無限の中に手足を動かしている気がし出した。小初が無闇に泳ぎ抜くのは、小初が興奮しているからである。初め小初は時々自分の側面に出て来る薫の肉体に胸が躍《おど》った。が、その感じが貝原の小初を呼び立てる高声に交り合ううち、両方から同時に受ける感じがだんだんいまわしくなって来た。反感のような興奮がだんだん小初の心身を疲らせて来ると薫の肉体を見るのも生々しい負担になった。貝原の高声もうるさくなった。小初は無闇やたらに泳ぎ出した。生徒達の一行にさえ頓着なしに泳ぎだした。するうち小初に不思議な性根《しょうね》が据《すわ》って来た。
 こせこせしたものは一切|抛《な》げ
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