捨ててしまえ、生れたてのほやほやの人間になってしまえ。向うものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、向うものが事情なら、これ以上割り切れない種子のところに詰め寄って、掛値《かけね》なしの一騎打《いっきうち》の勝負をしよう。この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。決して打算をしてはいけない。自分の一切を賽《さい》にして、投げてみるだけだ。そこから本当に再び立ち上がれる大丈夫な命が見付かって来よう。今、なんにも惜《おし》むな。今、自分の持ち合せ全部をみんな抛げ捨てろ――一切合財を抛げ捨てろ――。

 渾沌未分…………
 渾沌未分…………
 小初がひたすら進み入ろうとするその世界は、果てしも知らぬ白濁《はくだく》の波の彼方《かなた》の渾沌未分の世界である。
「泳ぎつく処《ところ》まで……どこまでも……どこまでも……誰も決してついて来るな」
 と口に出しては云わなかったが、小初は高まる波間に首を上げて、背後の波間に二人の男のついて来るのを認めた。薫は黙って抜き手を切るばかり、貝原は懸命《けんめい》な抜き手の間から怒鳴り立てた。
「ばか……どこまで行くんだ……ばか、きちがい……小初
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