またこの頃きざして来た。昨今《さっこん》の気候の変調が今夜は特別苦しそうだ。明日の遠泳会にも出られそうでない……。だが小初にはそんなことはどうでも、遠泳会の後に控《ひか》えている貝原との問題を、どう父に打ち明けたものかしらと気づかわれる。薫との辛《つら》い気持も尾《お》をひいているのに、父を見れば父を見るで、また父の気持ちを兼ねなければならない……小初は心づかれが一身に担い切れない思いがする。父は娘を神秘な童女に思い做《な》して、自家|偶像崇拝慾《ぐうぞうすうはいよく》を満足せしめたい旧家の家長本能を、貝原との問題に対してどう処置するであろうか。自分の娘は超人的《ちょうじんてき》な水泳の天才である。この誇《ほこ》りが父の畢世《ひっせい》の理想でもあり、唯一《ゆいいつ》の事業でもあった。そのため、父は母の歿後《ぼつご》、後妻も貰《もら》わないで不自由を忍《しの》んで来たのであったが、蔭《かげ》では田舎者と罵倒《ばとう》している貝原から妾《めかけ》に要求され、薫と男女関係まであることを知ったなら父の最後の誇りも希望も※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り落されてしまうので
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