な頼母《たのも》しさを感じて嬉《うれ》し泣きに泣けて来た。
「許す?」
「許すも許さないもありゃあしない」
「薫さん、ついてお出《い》でよ。東京の真中で大びらに恋をしよう、ね」
小初の涙が薫の手の甲《こう》を伝って指の間から熱砂のなかに沁み入った。薫はそれを涼しいもののように眼を細めて恍惚《こうこつ》と眺め入っていたが、突然《とつぜん》野太い男のバスの声になって
「そりゃ、貝原さんはいい人さ、小初先生と僕のことだって大目に見ての上で世話する気かも知れませんさ。だけど、僕あ嫌いです。いくら、僕、中学出たての小僧《こぞう》だって、僕あそんな意気地無しにあ、なれません」
「じゃあ、どうすればいいの」
「どうも出来ません。僕あ、どうせ来月から貧乏《びんぼう》な老朽親爺《ろうきゅうおやじ》に代って場末のエナ会社の書記にならなけりゃならないし、小初先生は東京の真中で贅沢《ぜいたく》に暮《く》らさなけりゃならない人なんだもの」
ダンスの帰りの料理屋でのいきさつ――小初を世話する約束《やくそく》のほぼ出来上ったことを貝原は友達である薫の父親にゆうべ打ち明けに行ったことを薫はとうとう小初にはなした。
前へ
次へ
全41ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング