から挟《はさ》んで、いおうようない苦痛の甘美《かんび》に、小初を陥《おとしい》れる。小初は、「がったん、すっとこ、がったん、すっとこ」そういいながら、あらためて前に組み合せた両肘の上に下膨《しもぶく》れの顔を載《の》せて眠《ねむ》りそうな様子をする。
「なに、云ってるの」
「機械のベルトの音」
ちょうど、水泳場と塚山と三角になる地点に貝原の持ちの製板場があって、機械の止まっているのが覗かれる。
「きゅう、きれきれきれきれきれ。これは機械|鋸《のこ》が木を挽《ひ》く音」
「ふざけるの、よしよ。真面目な相談だよ。僕は知ってる」
「知ってる? 何を」
「どうせ貝原に買われて行くんでしょう」
「誰《だれ》が、どこへ」
「知ってる。みんな」
「そんなこと、誰が云った」
「誰も云わない。だけど、僕、その位なこと、わかる男だ」
薫は女のような艶《なま》めかしい両腕で涙を拭いた。小初は砂金のように濃《こま》かく汗の玉の吹き出た薫の上半身へ頭を靠《もた》れ薫の手をとった。不憫《ふびん》で、そして、いま「男だ」と云ったばかりの薫の声が遠い昔《むかし》から自分に授《さずか》っていた決定的な男性の声のよう
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