か恥かしいとか云っている世の中じゃないと思うわ。そんなことに捉われていたから、東京人は田舎者にずんずん追いこくられてしまったのよ。私たち必死で都会を取り返さなけりゃならないのよ」小初はきつい[#「きつい」に傍点]眼をしながら云い続けた。「それには私達、どんな取引きだってするというのよ」
 小初のきつい[#「きつい」に傍点]眼から涙《なみだ》が二三|滴《てき》落ちた。貝原は身の置場所もなく恐縮《きょうしゅく》した。小初は涙を拭いた。そして今度はすこし優しい声音で云った。
「でも貝原さん、何もかも遠泳会過ぎにして下さい、ね。私、あなたのいい方だってことはよく知ってるのよ」

 二三日晴天が続いた。川上はだいぶ降ったと見えて、放水路の川面《かわも》は赭土色《あかつちいろ》を増してふくれ上った。中川放水路の堤の塔門型の水門はきりっと閉った。水泳場のある材木堀も界隈の蘆洲の根方もたっぷりと水嵩《みずかさ》を増した。
 普通《ふつう》の顔をして貝原は毎日水泳場へ手伝いに来た。自分の持ちものの材木の流出を防いだり櫓台の錨《いかり》に石を結びつけたりした。そして見ないような振《ふ》りをして、やっぱり小
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