せん。あなたの持っている血筋をここに新らしく立てる私の家の系図へちっとばかり注ぎ入れて頂きたいのです」
 貝原の平顔は両顎がやや張って来て、利を掴《つか》むときのような狡猾《こうかつ》な相を現わして来た。がそれもじきにまた曖昧《あいまい》になり、やがて単純な弱気な表情になって、ぎごちなく他所見《よそみ》をした。
 小初は貝原の様子などには頓着《とんじゃく》せず、貝原の言葉について考え入った。――自分の媚を望むなら、それを与《あた》えもしよう。肉体を望むなら、それを与えもしよう。魂があると仮定して、それを望むなら与えもしよう。自分がこの都会の中心に復帰出来るための手段なら、総《すべ》てを犠牲《ぎせい》に投げ出しもしよう。だがこの宮大工上りの五十男の滑稽《こっけい》な申込みようはどうだ。
「貝原さん、子供が欲しいなんて云わずに真直ぐに私が欲しいと云ったらどうですの」
「ああ。そうですか。でもあんまり失礼だと思いまして」
 貝原がようやくまともに向けた顔を真直ぐに見て、さびしい声で小初は云った。
「それで子供を生んでもらうためなんてしらじらしい、ありきたりの嘘《うそ》を云ったのですか。失礼と
前へ 次へ
全41ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング