、何にも知らないけれど、あんた、この頃でもうちの父に、何かお金のことで面倒《めんどう》を見ているの」
「いや、金はもう、老先生には鐚一文《びたいちもん》出しません。失くなすのは判っているんだから。それに老先生だって、一度あたしが保証の印を捺《お》して、いまでもどんなに迷惑《めいわく》しているか、まさか忘れもしなさらないと見え、その後何にもいい出しなさりはしませんがね」
貝原は宮大工上りの太い手首の汗をカフスに滲《にじ》ませまいとして、ぐっと腕捲《うでまく》りして、煽風器《せんぷうき》に当てながら、ぽつりぽつり、まだ、通しものの豆を噛《か》んでいる。
小初は一しきり料理を喰べ終ると、いかにも東京の料理屋らしい洗煉《せんれん》された夏座敷をじろじろ見廻しながら、
「あなた、道楽なさったの」と何の聯想《れんそう》からかいきなり貝原に訊いた。
「若いときはしました。しかし、今の家内を貰《もら》ってから、福沢宗《ふくざわしゅう》になりましてね、堅蔵《かたぞう》ですよ」
「お金をたくさん持って面白い」
「何とか有効に使わなくちゃならないと考えて来るようになっちゃ、もう面白くありませんな」
「そ
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