時には、一種の盲目の片意地となっても表われて智子に頼母《たのも》しくも暗い思いをさせるのであった。
 大たい晩春もずっと詰まる頃までの二人の生活は前へ前へと進んで行く好奇心や驚異やそれらのものが三木雄によって感じ出される卒先なものであるにしても妻の智子にとってもスムーズな生活の進行体であった。それには若き二人の愛恋の情も甘く和やかに時には激しく急しく伴奏した。
 だが智子は近頃少しずつ夫の内部に変調のきざしたのを知らなければならなくなった。あるよく晴れ渡った晩春の午後、智子はその日出来上って来た新調の洋服を三木雄に着せて裏の丘続きからちょっと武蔵野の遊覧地になっている地帯に出た。その道は智子と度々《たびたび》散歩しつけているので三木雄は智子が傍で具合すれば杖《つえ》で上手に道を探って、ステッキをあしらって歩く眼明きの紳士風に、割り合いに軽快に歩けた。長身痩躯、漆黒な髪をオールバックにした三木雄は立派な一個の美青年だった。眼鏡の下の三木雄の眼はその病症が緑内障《くろそこひ》であるせいか眼鏡の下に一寸見には生き生きと開いた眼に見えた。行き逢う人達の何人が、三木雄を盲青年と見たであろうか、

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