三木雄は詩のような口調でそれを繰り返すようになった。
 武蔵野へ帰って来てから二月の末に大雪が降った。「積雪|皓々《こうこう》とは雪が真白くということなの、雪はただ白いのよ、そら熱海の梅とおんなじに白いのよ、けど積るとそれが白いままに光るのよ。」
 白いいろ、白いものはただ無限。白ばら、白百合《しらゆり》、白壁、白鳥。紅いものには紅百合、紅ばら、紅珊瑚《べにさんご》、紅焔、紅茸、紅|生姜《しょうが》――青い青葉、青い虫、黄いろい菜の花、山吹の花。
 こう愛情で心身の撫育を添え労《いたわ》りながら、智子の教え込む色別を三木雄は言葉の上では驚くべき速度で覚えて行った。そればかりでなく、三木雄は次ぎの未知の世界への好奇心から、子供が菓子をでもねだるように智子の教唆をねだり続けるのであった。智子は、そういう性格の表れに、三木雄の執拗な方面をも知り得るのであった。生後二十余年間未開のままで蓄積されていた三木雄の生命の精力が視覚を密閉された狭い放路から今や滾々《こんこん》として溢れ出て来るのを感じた。それはまた時として、夫として、男性としての三木雄が妻として女性としての智子に注がれる濃情ともなり、
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