るものな、なまじっかお盲目《めくら》さんの物識りになんかさせないでね、ぼんやり長生きさせたいからな。何にも三木ちゃんは知らなくっても千年万年喰べはぐれはないからね」

 新婚旅行に三木雄と智子は熱海へ行った。三木雄はまだ白梅が白いということや、その時咲き盛っていた椿の花というものが、紅いのか黒いのかさえよくわきまえていなかったのに智子はまず驚いた。誰も、この暗黒の処女地へ足を踏み入れた者はなかったのである。この処女地もまた暗黒の世界をそのままに黙ってかたく外界との境界線を閉していたのかも知れなかった。
 結婚は、異性の愛は、妻を得た歓喜は、一時に三木雄の知性までを、青春の熱情と共に目醒めさせたものであろうか。しかも、三木雄の智性や熱情は如何《いか》にも品格と密度を備えていた。智子の最初の片輪に対する同情は追い追い三木雄への尊敬と変り、三木雄の暗黒世界を開拓する苦労を智子は悦楽にさえ感じて来た。

 海は蒼く、空も、そして梅は白く、椿は紅い。
 まず、熱海でこれを智子は一心に三木雄に教えた。
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海は蒼く空も
そして梅は白く
椿、くれない
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