とを持って三木雄との生活にはいったのであるけれど、いよいよ夫となり妻となった生活には其処《そこ》に盲の夫の暗黒の世界と妻の開明な世界との差が直ぐ生じて、それはむしろ智子の方へ余計積極的な苦労となったのである。夫は新しい妻の世界に手頼《たよ》っていればまず好かった。妻はしかし、未知な夫の盲目の世界にまで探り入らねばならなかった。
 三木雄は、その生理作用にも依るものか、性質もぐっと内向的で、その焦点に可成り鬱屈した熱情を潜めていた。そして智識慾も、探求心も相当激しいにも拘《かかわ》らず、今まで余り開拓されず、無教養のままに打ち捨てられていたのに智子は驚いた。結婚前智子は二三度武蔵野の大地主であった三木雄の父の遺した田舎の邸宅へ三木雄を訪れ、其処に後見やら家政婦やらを兼ねていた中老の叔母からもよくもてなされ、その叔母さんの淡泊な性質はむしろ好んで来たのであるが、三木雄の教養に対する叔母さんの無頓着さには呆《あき》れて聊《いささ》か腹立たしくさえ感じた。或時、叔母さんに智子はそれとなく詰《なじ》った。すると叔母さんは例の男のような淡泊笑いをした。
「でも智さん、三木ちゃんには財産がどっさりあ
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