っているようでもある。
高い峯を起して、鳥が渡って行く。次に次に。
それは水溜りの泡の湧玉のように無限に尽きない。絶頂をわざわざ越す鳥は純な鷺だけだといわれているが、あの鳥はそうなのか。
女は、
「ばかにしている」
といって、つまらなさそうに、桔梗の莟の枝を水溜りに投込んだ。落魄《おちぶ》れた館へ帰って行った、
二三日経って女はまた湧玉の水のほとりで、男と会った。男は、手頃に傷けてまだ息を残さしてある雄鹿を小脇に抱えていた。女を見出すと、片息の鹿を女の足元に抛り出した。それから身体中が辛痒ゆい毒の歯に噛まれでもするようにくねらせた。眼から鉾を突出すよう女を見入った。
女は思慮分別も融けるような男の息吹きを身体に感じた。しかし前回での男とのめぐり合いののち、富士を眺め上げて、それはただ血の気の做すわざなんだか、もっと深く喰入るべきものがあるような気がしたのを想い出して、自然と抑止するものがあった。
「どうなしたの」
とすずろのように訊いた。女は足元に投出された血だらけの矢の雄鹿を見ても愕かず、少しわきへ寄っただけであった。男の何かしら廻り諄《くど》い所作の道具に使われて、命
前へ
次へ
全90ページ中83ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング