て果てた。
初夏五月の頃、富士の嶺の雪が溶け始めるのに人間の形に穴があく部分がある。「富士の人型」といって駿南、駿西の農民は、ここに田園の営みを初める印とする。その人型は螺の腹をしえび蔓の背をした山の祖神の翁の姿に、似ている。いやそれにやや獣の形を加えたようでもある。
ここにまた筑波の山中に、涙明神という社がある。本体には富士の火山弾が祭ってある。
山の祖神《おやのかみ》が没くなるとまもなく子が無いことを託《かこ》っていた筑波の岳神夫妻の間にこれをきっかけに男女五人ほどのこどもができた。
風の便りに聞けば、山の眷属の西国の諸山にも急にこどもの出生の数を増したという。
老いたるは、いのちを自然に還して、その肥田から若きものの芽を芽出たしめるという。
生命の耕鋤順環の理が信ぜられた。
水無瀬女は、豊かな山に生れ、しかも最初に生れた総領娘なので、充分な手当と愛寵の中で育てられた。ふた親は常に女《ひめ》にいって聴した。「東国では、あなたが、あの偉大な山の祖慫神《おやのかみ》さまの一番の孫なのですよ」と。孫娘はおさな心に高い誇りを感じた。
ふた親は、なお、祖父の神の偉大さを語
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