るにこういう言葉を使った、「なにしろ、西国の山々はもちろんのこと、東国でも、福慈とか、この筑波とかいう名山には必ず、こどもをお遺しになり、山を拓かすと共に、眷属の繁栄《さかえ》をお図りになった方なのだから」と。
 祖父の偉れた点を語ることは、また、その孫娘に偉れることを慫慂《しょうよう》することでもあった。
 ふた親は、自分たちのことに就ては「わたし達は、何ということはない平凡なものさ。けれども、山を拓くことにかけては、これでも人知れない苦労はしたものさ」
 女《ひめ》は、幼いときから、礼儀作法を仕込まれた。女の嗜《たしな》みになる遊芸の道も仕込まれた。しかし最も躾《しつ》けに重きを置かれたのは生活の調度の道だったことは、ふた親の性格からして見易き道理であった。麻野には麻を蒔《ま》き、蚕時《こどき》には桑子《くわこ》を飼う。――もし鯛が手に入ったら蒜《ひる》と一しょにひしお[#「ひしお」に傍点]酢にし即座の珍味に客に供する。もし小江《さえ》の葦蟹を貰ったら辛塩を塗り臼でついて塩にして永く貯えの珍味とする。こういう才覚が母によって仕込まれた。女は歌垣に加わって歌舞する手並も人並以上に優れ
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