婦に、何であの福慈の女神のことなぞが判るものか」と想いながら、こういう言葉で姉娘に関る話は打切りにした。
「なに、あれで、なかなか女らしいところもあるんだよ」と。

 この山は人間が昵《なじ》み易い山だった。水無《みなの》川を越えて山腹にかけ山民の部落があった。石も多いがしかしそれに生え越して瑞々《みずみず》と茂った、赤松、樅《もみ》、山毛欅《ぶな》の林間を抜けて峯と峯との間の鞍部に出られた。そこはのびのびとしていて展望も利いた。
 二つに分れている峯にはどちらにも登れた。岳神の息子夫妻の象徴のように一方は普通の峯かたちで、一方はいくらか繊細《きゃしゃ》で鋭く丈《た》けも高かった。山の祖神の老いの足でも登れた。
 東の国の平野が目の下に望まれた。その岸に寝た刀禰の川水がうねうねと白く光って通っている。河口の湖のような入江。それから外海の波が青く光っている。
 西北の方には山群が望まれて、翁の心を沸き立たした。も少し自分の齢が若かったらこどもをあれ等の岳神に送るのにと思わしめた。山郡のところどころに高い山が見えた。煙りを噴いてる山も望まれる。遠く福慈岳が翁の眼に悲しく附き纏《まと》う。

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