は自分に潜んでいて、却《かえ》って山に現れ出て、逆に自分に気付かせられるようなこともあった。翁は山を愛するが、しかし山を惧《おそ》れ、そして最後に山を信じた。
翁は妻との間にたくさんこどもを生んだ。こどもが生れて一人動きできるようになると、翁はこれを山に持って行って置いて来た。
山の麓にこどもを置去りにして来て、果してそれで育つものかどうか危ぶまれた。しかしどこへ置いたところでその幸《さち》のないものは、育った方が却って面白からぬことになるような育ち上りをしてしまうかも知れない。それなら一っそ、こどもを好きな山に賭けよう。山が育つべく思うほどのこどもなら山は育てよう。少くともこれほど信頼する山が悪しゅうは取計う筈はあるまい。もしこの上にして育たぬようだったら、山よ、わたしは諦める。だが、山よ、出来得べくはなる丈《た》け育てて呉れ。翁はこどもを山の方に捧げ、ひょこひょこひょこと三つお叩頭《じぎ》をして、置いて帰った。愛別離苦の悲しみと偉大なものに生命を賭ける壮烈な想いとで翁の腸は一ねじり捩れた。こどもを山にかずける度びに翁の腹にできたはらわたの捻纏《ねんてん》は、だんだん溜って翁の腹
前へ
次へ
全90ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング