てはまた開いて眺めた。藍墨の曇りの掃毛目《はけめ》の見える大空から雲は剥《はが》れてまくれ立った。灰いろと葡萄《ぶどう》いろの二流れの雲は峯々を絡み、うずめ、解けて棚引く。峯々の雲は日のある空へ棚引いては消え去る。消え去るあとからあとから、藍墨の掃毛目の空は剥離して雲を供給する。峯はいつまで経っても憂愁の纏流《てんりゅう》から免れ得ないようである。それを見ている翁は、心中それほどの苦悩もないのだが、眼だけでも峯の愁いに義理を感じて、憂げに伏せてはまた開くのであった。そのうち翁は眼が怠《だる》くなって草原へごろりと臥《ね》てしまった。雲の去来は翁の眠っている暇にも続けられていた。だが、やがて雲は流れ尽き、峯は胸から下界へ向けて虹をかけ渡していた。
 西国にて知れる限りの山々を翁はみな自分の分身のように感じられた。翁は山々を愛するがゆえに、それ等の山々の美醜長短を、人間の性格才能のように感じ取った。事実、山には一目見ただけでも傲慢であったり、独りよがりのお人好しであったりしそうな性格に見立てられるものがある。翁がみるところによると、どの山の性格でも翁自身の性格の中に無い性格はなかった。中に
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