主は全身に興味の鱗《うろこ》を逆立てた。
「そいつあ、面白えな。色魔だな。うまく煽《おだ》てて石膏の一つも売りつけてやれ。売りつけねえと承知しねえぞ」
その翌朝いやいや亭主に連れられて売付ける石膏を極《き》めに物置へ行ったかみさんは、勇ましい希臘の武将の石膏像の一つが壊されて居るのを発見した――ごく臆病に肩の先だけちょっと。
愚人集[#二]牛乳[#一]喩
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愚人は客が来るまで日々の牛乳を搾《しぼ》らないで女牛の体内にためて置くつもりだった。いよいよ客が来た時愚人は女牛の乳をしぼったがやはり一日分しか出なかった。
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夫の愛は日に日に新鮮だった。血の気を増す苜蓿《うまごやし》の匂いがした。肌目《きめ》のつんだネルのつやをして居た。甘さは物足りないところで控えた。
それで保志子は夫の愛を牛乳に感じて宜《よ》かった。
新婚後十月目。
めずらしく三つ押し並んだ休日があった。東京の実家の妹達が泊りがけで遊びに来ると知らせてよこした。そのしらせ通りの日になるまでにはあと六つ黄ろい秋の日が間に並んで挟まって居た。
夫の自分への愛を
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