対する本能。それで作太郎は思わず手を出したのだが意識的には一つ巻子の実家のものを無断で貰ってやれ、こういう気持ちに動かされて五本の指先をザクリと米に突込んでその一握りを口に頬張ったのだ。この無断は、咄嗟《とっさ》な振舞いがいかに作太郎をして巻子の実家に対する親愛の念を満足せしめたか、彼は頬のふくれ返った微笑の顔を母家の方へ向けた。途端に巻子が帰って来た。提《さ》げた庭下駄を下に並べる間もなく作太郎の顔を見て彼女は驚いていった。
「あなた。どうかなすったの、頬が――」
 彼女はいままで云いそびれて居たあなた[#「あなた」に傍点]という言葉を思わず使った。
 作太郎は赫《あか》くなってそれから土気色になった。口に一ぱい詰めた生米は程よく乾いていたので少々の唾液では嚥《の》み下せなかった。まして新妻の前で吐き出すことはどうしても出来なかった。さもしい真似と思われそうなので。
 夫の異常を見て巻子が叫声を立てたので一家中の騒ぎとなり作太郎はいよいよバツを悪くし作太郎に苦悶の表情が現われるほど一家の心配を増しとうとう外科医まで招んで来て仕舞った。
 作太郎の頬は麻痺剤の利目が現れてだんだん無感覚
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