ろ》の油虫が二三びき光った。
「気味がお悪くは無くて。あたし陰気でこの家好きになれませんでしたわ」
 花嫁の巻子は取做《とりな》し顔にこういった。
 自分が貰った新鮮で健康でカルシュームの匂いのする乙女《おとめ》、それを生むために何代かの人が倹約、常識、忍耐、そういうような胎盤を用意したのだ。そう思うと作太郎はこの実家の一々のものに感謝のこころが湧いた。
「いい家だよ。がっちりしたおっかさんのような家だよ」
 立止まると蕗《ふき》を混ぜた味噌汁の匂いと家畜の寝藁《ねわら》の匂いとしずかに嗅ぎ分けられた。作太郎は廊下や柱や壁をしみじみとした愛感で撫で乍ら歩いた。
 廊下が尽きて土蔵の戸前へ移るところは菜がこぼれて石畳が露出して居た。そこから裏庭へ出て逞しい駝鳥のような鶏を作太郎に見せようという巻子の趣向なのだが下駄が一つしか置いて無かった。巻子はそれを穿くと、もう一つを取りに出た。
 正午前の田舎の日光は廊下の左右の戸口からさし込んで眩《まぶ》しかった。柱に凭《もた》せて洗った米が箕《み》に一ぱい水を切る為に置いてあった。粒米はもう陽に膨れてかすかな虹の湯気を立てて居た。
 動物が穀物に
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