ティが僕の母なんかにはまるでない」
「なまじいオリジナリティなんかあるのは自分ながら邪魔ですよ」
「そうだ。あなたはご自分の天分でもなんでも、一応は否定して見る癖があるんだな……癖か性質かな。それがあなたをいつも苦しめてるんでしょう。けどそれが図破抜《ずばぬ》けたあなたの知性やロマン性やオリジナリティに陰影をもたせて、むしろ効果を挙げているのではありませんか」
「でもうちの先生は、それが私にどれ程損だかって、いつも云っているのよ」
「先生は実は一番あなたのその内気な処を愛していらっしゃるんじゃないですか……むす子さんも……」
 かの女はむす子が巴里《パリ》の街中でも、かの女を引っ抱えるようにして交通を危がり、野呂間《のろま》野呂間《のろま》と叱《しか》りながら、かの女の背中を撫《な》でさするのを想《おも》った。かの女は自分の理論性や熱情を、一応否定したり羞恥心《しゅうちしん》で窪《くぼ》めて見るのを、かの女のスローモーション的な内気と、どこ迄一つのものかは、はっきり判らなかったが、かの女は自分の稚純極まる内気なるものは、かの女の一方の強靱《きょうじん》な知性に対応する一種の白痴性ではないかとも思うのである。かの女が二十歳近くも年齢の違う規矩男と歩いていて殆《ほとん》ど年齢の差も感ぜず、また対者にもそれを感ぜしめない範囲の交感状態も、かの女の稚純な白痴性がかの女の自他に与える一種の麻痺状態《まひじょうたい》ではなかろうかと、かの女は酷《きび》しく自分を批判してみるのである。かの女の肉体(かの女の肉体も事実年齢より十歳以上も若いのだと、かの女の薬にいつも小児散を盛り込む或る医者が云った)か精神のはげしい知性のほかの一個所に非常に白痴的な部分があり、その部分の飛躍がかの女の交感の世界から或る人々を拉《らつ》し来《きた》って、年齢の差別や階級性を自他共に忘れさせる――或る時期からの逸作は、かの女を妻と思うより娘のように愛撫《あいぶ》し、むす子は妹のように労《いたわ》り、現に規矩男という怜悧《れいり》な意志を持つこの若者までが、恰《あたか》も同年輩か寧《むし》ろあるときは年少の女性に向うような態度をかの女にとって当然としている。その他の友達。そしておかしなことにはかの女自身まで――かの女には二十四五歳位からの男女を見ると、むしろ自分より実世界に於ける意志も生活能力も偉《すぐ》
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