れた人のように往々見える。この普通常識から批判すれば痴呆《ちほう》のような甘いお人好しの観念が、時にかの女の知性以上に働いて、かの女を非常に謙遜《けんそん》にしたり、時には反対に人を寛大に感じさせ過ぎてかの女を油断に陥れる……
かの女が黙って考えているのを規矩男は気づかった。
「僕があれ[#「あれ」に傍点]を隠しているのが悪いかしら」
「そうじゃないの。私、時々飛んでもないよそ[#「よそ」に傍点]事をふっと考え込んじまう癖があるのよ」と云っても規矩男はその事とばかり思い込んで、彼の許嫁《いいなずけ》に就《つ》いて語り出した。
「つまり僕のあれは[#「あれは」に傍点]――始めは親達が決めて、あとで恋人同志のような気持になり、今はまた恋がなくなって(僕の方だけで)普通の許嫁と思ってるんですけれど――その女はオリジナリティも熱情もないくせに、内気な所も皆目なくって、その上熱情がある振りをしたがるという風な女です。唯《ただ》取柄なのは、家庭や団体なんかが牛耳《ぎゅうじ》れそうな精力的なところなんですが……僕あそんなもの欲しくないんです」
「そうお。だけど誰のどんな取柄だって、よく見てれば好いものでしょう」
「でも、そう云ってたらきりもありません。人間の好きも嫌いもなくなっちまう」
「まあそれはそうだけど」
往還のアスファルトに響いて多摩川通いのバスが揺れながら来た。かの女等はそれを避けて畑道へそれた。畑地には、ここらから搬出する晩春初夏の菜果が充《み》ちていた。都会人のまちまちな嗜好《しこう》を反映するように、これ等の畑地のなりもの[#「なりもの」に傍点]や野菜は一定していなかった。茄子畑《なずばたけ》があると思えば、すぐ隣に豌豆《えんどう》の畑があった。西洋種の瓜《うり》の膚が緑葉の鱗《うろこ》の間から赤剥《あかむ》けになって覗《のぞ》いていた。畦《あぜ》の玉蜀黍《とうもろこし》の一列で小さく仕切られている畑地畑地からは甘い糖性の匂《にお》いがして、前菜の卓のように蔬菜《そさい》を盛り蒐《あつ》めている。見廻《みまわ》す周囲は松林や市街のあふれらしい人家に取囲まれていて、畑地の中のところどころに、下宿屋をアパート風に改造した家が散在し、二階から人の頭が覗いていた。
散歩の日によって、かの女と規矩男とは気持の位置が上下した。かの女の方が高く上から臨んでいたり、規矩
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