……(後略)」
[#ここで字下げ終わり]

 前庭の芝生に面した居間、兼客間で午後の日射しを受けてアグネスからの最終の通信を読んで居たスルイヤは、今まで勝気に胸中の苦悶を圧《おさ》えつけて居ただけに、其の手紙の中に書かれてあるドイツの戦死者の未亡人イリデの嘆きに引き入れられて、烈しくむせび泣いた。夫の戦死以来の悲しい追憶が次ぎから次ぎへとスルイヤの胸をついて出た。彼女はやがて、ぐったり疲れた体を安楽椅子から起こしてぼろ[#「ぼろ」に傍点]自動車で踏み散らされた前庭を少し手入れしようと玄関の戸を開けて階段を下りかけたが、ちょっと立止まって晴れ上った夏の青空を眺めた。あんなに飛行家志願だった娘の心を自分の感情の為めに止させてしまったのが不憫《ふびん》で堪《たま》らないように感じた。それと同時に自分等の消極的平和主義の時代は過ぎ去って新しい時代、戦闘準備を完全にして始めて平和の保たれる時代が来て居るようにも感じられる。自分等の嘆きに娘の新しい思想を一がいにくらましてはならないとも感じられる。何事も娘が帰ってから更《あらた》めて語り合おうと心を定めた。そして彼女はともかくも久しぶりで娘の帰る嬉
前へ 次へ
全22ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング