に閉口してよ。
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六月十五日 第四信(モントリシヤにて)
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ママ、昨日は大変な事があったの。お午《ひる》過ぎ二時頃イボギンヌの叔母様が大きな眼を開いて、息を切って呼びに来たの。私達は御弁当を用意して半里許り離れた溝へざり[#「ざり」に傍点]蟹《がに》釣りに来て居たの。十五六匹程捕れたのを焼いておかずにして食事をした後で周りの芝生の上に横になって空気の澄み切って随分遠くまで見透せる印象派の絵其の儘の景色をボンヤリ眺めて居た私共は、叔母様の叫び声に近い言葉に跳ね起きました。大砲を打つと言うのです。黒い雹《ひょう》を降らせる密雲が北の方からやって来ると言うのです。私は一寸《ちょっと》軽蔑したいような気持になりましたが振り向いて指示された空を見た時、北の方に怪物のような大雲を見て何だか威喝されたように不安に胸がおどりました。イボギンヌは経験がある者の如く、うなずいて走り出しました。私も後から只《ただ》夢中でついて走りました。家の周りの花園や畑や牧場や、其等《それら》を取り巻く野鳥野獣を棲息させて猟をする雑木林の中の小路を突き貫《ぬ》けて七・八丁も
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