走りましたわ。●
そしたら小高い丘の上に人だかりがして騒いで居るのを見つけました。やっとその場へ着いた時イボギンヌは気が付いたように私にフランス語で説明して呉れました。村の男女の喧騒《けんそう》の中に在って沈着に大砲を準備して居る老人は此の村の村長でもう七十歳にもなるが砲術の名人で二十八年間此の役を引受けてやっているそうです。今此の村の農作物に恐るべき損害を与える雹を降らす黒雲を大砲で打ちまくって散らしてしまうというのです。慣れた人には此の雲は普通の雲と違って項《うなじ》を圧する一種の感じを与えるから直ぐ気付くと説明されて、成程《なるほど》私もそんな感じがすると言ったら笑われました。村人等は已《すで》に村の上に低く垂れ下って来た災難に当惑と恐怖を以《も》って眺めて居りました。それ打つのだという人々の一瞬のたじろぎのうちに最初の一発が老砲術家によってはなたれました。丘を震わして飛んで行った味方の決死隊の第一勇士は中空に於いて炸裂《さくれつ》しました。どんな効果が現われたか、果して怪物は退散させられたかと両手で耳を塞いだ儘、私達は恐る恐る空を覗きました。老人の沈着な態度、物凄い響きにも拘ら
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