なたの仰しゃった世間並には何とかして帰り度いのです。この儘じゃ全く僕は粋な片輪者ですからね。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉のしんみりした物淋しさがあまり自然に感じられたので夫人の飛躍の調子がもとの地味にも落ち著けず、中途のところで鋭い鈍い浪を打った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――何にしても四年間金鎖草の花を分けて眺めさしてあげたあたしの好意に対しても万事打ち開けるものよ。いつでもいゝからね。」
[#ここで字下げ終わり]
そんなさばけたもの言いをしながら夫人はぐっと神経質になって、新吉が帰ろうと立上りかけるときに門番がわざ/\此所まで届けて来た日本からの手紙を見ると、差出人は誰だかとくどく訊いた。新吉はそれが国元の妻からのものだと、はっきり答えた。
新吉は部屋へ帰ると畳込みになって昼はソファの代りをする隅のベッドの上被《うわおお》いのアラビヤ模様の中へ仰向けにごろりと寝た。ベッシェール夫人のところで火をつけた二本目の煙草を挟んだ左の手に右の手を手伝わせて妻からの手紙の封筒を切った。いつもの通り用事だけが書いてあった。それは市会議員の選挙に関するもので、
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