」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は折角さら/\と説明出来そうに思えていた今の一瞬の気持ちをこの言葉で閉じられてしまった。もし夫人のこの悪ふざけの言葉に応答えする調子で自分の企てを話したら気持ちの筋道は飲み込ませられるかも知れないがその実質はとても覚束ない。それほど今度の思い立ちは情緒の肌理《きめ》のこまかいものだ。いまはむしろ小説なら表題を告げて置くだけの方がこの女の親しみに酬いる最も好意ある方法だ。それで新吉は砂糖を入れ足すのを忘れている甘味の薄い茶を一杯飲み乾すとこう言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――マダム。僕はね。料理にしますとあまりに巴里の特別料理《スペシアリテ》を食べ過ぎました。それでね。普通の定食料理《ターブル・ドート》が恋しくなったんです。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人の調子は案の定、今口に出した思い付きの一言に煽《あお》られてそれ[#「それ」に傍点]者らしい飛躍を帯びて来た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――じゃ。お祭りに出た女中さんでも引っかけ、世間並の若い衆になりたいとでもおっしゃるの。」
――まさかね。でも今あ
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