》のように盛上っている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――まるで子供ね。胡麻化すつもりでいらっしゃる。」
[#ここで字下げ終わり]
 夫人は狡《ずる》そうに微笑しながら暫らく新吉の顔を見詰めた。この青年に恋して居るというわけではない。然しこの青年がもし他の女に恋しているとでもなったら嫉妬から彼女の気持ちの向きがどう変るかも判らない。いびつな夫婦生活ばかりして来て、とうとうそれも破れて仕舞った此の老美人の悲運が他人の性愛生活にまで妙な干渉を始めるようになっていた。
 新吉は巴里の女に顎をつまゝれる事位いには慣れ切って居る。新吉は落着いて煙草ケースから一本取出して投げやりに口に銜《くわ》えた。夫人にも一本勧めて、それからライターで二人の煙草に火をつける。二人の口から吐く最初の煙のテンポが同じだったので、それがおかしかった。二人は笑った。寛《くつ》ろげられた気持ちに乗って夫人はこんなことを言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どうしてもあなたが言わないなら、あたし嫌味なことを言いますよ。あんたまさかあたしの為めに巴里にお残りになるんじゃないでしょうね。
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