は恨みがましく眼を閉じて、ともすれば自分を引き入れようとする娘の浮いた調子をだん/\持て扱い兼ねて外《は》ずしつゝ、外ずしつゝ、踊りは義理に拍子だけ合せるようになって仕舞った。こゝろに白《しら》けた以上に白け切って眼の裏のまぼろしに、不思議と魚の浮嚢《うきぶくろ》、餅の青黴《あおかび》、葉裏に一ぱい生みつけた小虫の卵、というようなものが代る/\ちらちら見え出して、身慄いが細い螺旋形《らせんけい》の針金にでもつき刺されるように肩から首筋を刺した。彼は首を仰向けにして、ぼんの窪《くぼ》で苦痛を押えていると悲しい涙が眼頭《めがしら》から瞼へあふれずにひそかに鼻の洞へ伝って行った。「我が世も終れり。」というような感慨じみた嘆声がわずかに吐息と一緒に唇を割って出ると今度は眼の裏のまぼろしに綺麗な水に濡れた自然の手洗石《ちょうずいし》が見え南天の細かい葉影を浴びて沈丁花が咲いて居る。日本の静かな朝。自分の家の小庭の手洗鉢の水流しのたゝきに五六条の白髪を落して、おさな顔のおみち[#「おみち」に傍点]が身じまいをしている姿が見える。おみち[#「おみち」に傍点]ばかりか自分も老の時期が来たのか。今宵《こ
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