うなが》し立てた。
晴れた日と鮮かな三色旗と腕に抱えている老美人との刺戟に慣れて来ると新吉は少し倦怠《けんたい》を感じ出した。すると歩調を合せて歩いている自分等二人連れのゆるい靴音までが平凡に堪えないものになって新吉の耳に響いた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――しつこい婆につかまって今日一日無駄歩きしちまうのだ。」
[#ここで字下げ終わり]
弾力を失っている新吉の心にもこの憤りが頭を擡《もた》げた。キャフェの興奮が消えて来た新吉の青ざめた眼に稲妻形に曲るいくつもの横町が映った。糸の切れた緋威《ひおど》しの鎧《よろい》が聖アウガスチンの龕《トリプチック》に寄りかゝっている古道具屋。水を流して戸を締めている小さい市場。硝子窓から仕事娘を覗かしている仕立屋。中産階級の取り済ました塀。こんなものが無意味に新吉の歩行の左右を過ぎて行った。新吉は子供の時分奮い立った東京の祭のことを思い出した。店のあきないを仕舞って緋の毛氈《もうせん》を敷き詰め、そこに町の年寄連が集って羽織袴で冗談を言いながら将棊《しょうぎ》をさしている。やがて聞えて来る太鼓の音と神輿《みこし》を担ぐ若い衆
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