の挙げるかけ声。小さい新吉は堪らなくなって新しい白足袋のまゝで表の道路へ飛び下りるのだった。縮緬《ちりめん》の揃いの浴衣の八ツ口から陽《ひ》にむき出された小さい肘に麻だすきへ釣り下げたおもちゃの鈴が当って鳴った。
気分というものは不思議に遇合することがあるものだ。ベッシェール夫人もこどもの時代のことを想い出した。
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――あたしね。九つの歳の巴里祭に母に連れられてルュ・ラ・ボエシイを通るとね。ベレを冠った鬚《ひげ》の削《そ》りあとの青い男に無理に掴まって踊らされてね。その怖ろしさから恋を覚え始めたのよ。今でもベレを冠った鬚の削りあとの青い男を見ると何んだかこわいような、懐かしいような気がするのよ。」
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横町と横町の間を貫く中通りにはブウローニュの森の観兵式を見物した群集のくずれらしいかなり多勢の行人の影が見えた。その頭の上に抜きん出て銀色に光る兜《かぶと》のうしろに凄艶《せいえん》な黒いつやの毛を垂らしている近衛兵が五六騎通った。
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――あんた、まさか奥さんの手紙を懐に持っ
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