んと下げているレジョン・ドヌールの豆勲章を眺めて老美人の魅力の淵の深さに恐れを感じた。
モツアルトの横町からパッシイの大通りへ突当ると、もうそこのキャフェのある角に音楽隊の屋台が出来ていて、道には七組か八組の踊りの連中が車馬の往来《おうらい》を止めていた。日頃不愛想だという評判のキャフェの煙草売場の小娘が客の一人に抱えられていた。まだ昼前なので遠くの街から集まって来た人達より踊り手には近所の見知り越しの人が多かった。それ等の中には革のエプロンの仕事着のまゝで買物包みを下げた女中と踊っている者もあった。彼等は踊りながら新吉と夫人に目礼した。キャフェの椅子は平常よりずっと数を増して往来へ置き出されていた。一しきり踊りが済むと狭く咽喉のようになった往来へ左右から止まっていた自動車や馬車がぞろ/\乗り出した。街路樹のプラタナスの茂みの影がまだらに路上にゆらめいた。
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――すっかりお祭りね。」
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老美人は子供のようなはしゃぎかたさえ見せて、喧騒の渦の音が不安な魅力で人々を吸い付けている市の中心の方角へ、しきりに新吉を促《
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