ェール夫人の最後の夫ジョルジュに遇った。彼は新吉がベッシェール夫人の隣へ引越して来て間もなく夫人と喧嘩して出て行ったので、新吉とはたいした馴染《なじみ》もなかったが新吉を見付けると懐かしそうに寄って来て無暗と酒を勧めた。彼は夫人の家にいたときからみると、ずっと若返ったようだ。彼は新らしい妻だといって若い女を紹介した。その女はたゞ若くて十人並の器量で、はしゃいでいるような女だった。何処か間の抜けている性質のようにも見えた。それで二人は大ぴらでベッシェール夫人の話をした。ジョルジュは新吉を酔わせて夫人の悪口でも言わせようという企みが見えた。新吉は其の手には乗らなかった。すると遂々彼は夫人に未練を残していることを白状して、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんな洒脱《しゃだつ》な女はありませんよ。あれと暮して居ると、本当に巴里と暮しているようですよ。六日間も自転車競争場の桟敷で、さばけた形《なり》をして酒の肴のザリ蟹を剥いてるところなぞ一緒にいてぞっとする程好かったですよ。」
[#ここで字下げ終わり]
こんな言葉を連発するようになった。だがしまいには彼は問わず語りにこんな
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