そうに帰りかけたが蓋をした灰殻壺の中の憐れっぽい子雀の籠った鳴声に気付くと流石《さすが》に戻って、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――可哀想なことをしたのね。これあたし頂戴《いただ》いて行きますわ。」
[#ここで字下げ終わり]
壺のまゝ雀を持って夫人は出て行った。夫人の後姿を見送って新吉はひとり小声で「うるさい婆さんだな」と云った。だが新吉は美貌な巴里女共通の幽《かす》かな寂《さ》びと品格とが今更夫人に見出され、そして新吉はまた、いつも何かの形で人を愛して居ずにいられないこの種の巴里女をしみ/″\と感じられるのだった。
眼を半眼、開いたまゝ鉛の板のように重苦しく眠り込んでいた新吉は伊太利《イタリー》の牧歌の声で目覚めた。朝の食事が出来たので、通い女中ロウジイヌが蓄音器をかけて行って呉れたのだ。野は一面に野気の陽炎《かげろう》。香ばしい乾草の匂いがユングフラウを中心に、地平線の上へ指の尖《さ》きを並べたようなアルプス連山をサフラン色に染めて行く景色を、はっきりと脳裡に感じながら、新吉はだん/\意識を取戻して行った。牧歌が切れて濃いキャフェが室内の朝の現実のにおいと
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