台が出来、人々は其のまわりで見付け次第の相手を捉えて踊り狂った。一曲済むまでは往来の人も車も立止まって待っていた。新吉はさすが熱狂性の強い巴里人の祭だと感心したが、それと同時に自分もいつか誘い込まれはしないかと、胸をわく/\させ踊りの渦のところは一々避けて遠くを通った。
一年足らずのうちに新吉はすっかり巴里に馴染《なじ》んでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放人《エキスパトリエ》にするまで新吉を捉えた。家庭旅宿《パンション・ド・ファミイユ》の留学生臭い生活を離れて格安ホテルに暫らく自由を味ってみたり、エッフェル塔の影が屋根に落ちる静かなアパルトマンに、女中を一人使った手堅い世帯持ちの真似をしてみたり、新吉は巴里を横からも縦からも噛みはじめた。巴里で若し本当に生活に身を入れ出したら、生活それだけで日々の人生は使い尽される。その上職業とか勉強とかに振り分ける余力はない。新吉はすっかり巴里の髄《ずい》に食い入ってモンマルトルの遊民になった。次の年の巴里祭前にも彼が留学の目的にして来た店頭装飾の研究には何一つ手を染めていなかった。その代りに二人の女が生活にもつれて彼のこゝろ
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