を綾取っていた。一人は建築学校教授の娘カテリイヌ。一人は遊《あそ》び女《め》のリサであった。それからまだその頃は東京に残して来た若い妻も新吉のこゝろに残像をはっきりさせていた。かえってそれが新吉の心にある為めに、フランスの二人の女の浸み込む下地が出来ていたとも言えよう。
七月一日の午後四時新吉は隣の巴里一流服装家ベッシェール夫人の小庭でお茶に招ばれていた。
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――あなたに阿呆の第一日が来ましたわね。」
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ベッシェール夫人は新吉の茶碗に紅茶をつぎながら言った。彼女は中年を過ぎていて、もう自分が美人であることを何とも思わなくなっているような女だった。この夫人にそういう淡泊な処もあるので随分突飛な事や執《し》つこい目に時々遇っても新吉は案外うるさく感じないで済んでいる。
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――まったく七月に入って巴里にいると蒼空までが間が抜けたような気がしますね。」
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彼女は漠然とした明るく寂しい巴里の空を一寸見上げて深い息をした。新吉は菓子フォークで頭を押えると
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