がてん》した。諺をまだ知らない同国人の留学生等には彼の方から単純に説明した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――今年はひとつ巴里祭を見る積りです。」
[#ここで字下げ終わり]
彼は彼が十五年前に恋したまゝで逢えなかったカテリイヌが此頃巴里の何処《どこ》かに居ると噂に聞き、そのカテリイヌを、夏に居残る巴里人の殆ど全部が街へ出て騒ぐ巴里祭の混雑のなかで見付けようとする、彼の夢のような覚束《おぼつか》ない計画などは誰にも言わなかった。
新吉が日本へ若い妻を残して、此の都へ来たのは十六年前である。マロニエの花とはどれかと訊いて、街路樹の黒く茂った葉の中に、蝋燭《ろうそく》を束ねて立てたような白いほの/″\とした花を指さゝれた。音に聞くシャン・ゼリゼーの通りが余りに広漠として何処に風流街の趣《おもむ》きがあるのか歯痒《はが》ゆく思えた。一箇月、食事附百フランで置いて貰った家庭旅宿《パンション・ド・ファミイユ》から毎日地図を頼りにぼつ/\要所を見物して歩いているうちに新吉にとっては最初の巴里祭が来てしまった。町は軒並に旗と紐と提灯《ちょうちん》で飾られた。道の四辻には楽隊の飾屋
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