も悪びれず男を離してやって、また次の初心《うぶ》な外国人を探し出す。離れてしまった男たちも時が経つとやっぱり彼女に懐しみを蘇えらせて来て彼女と交際《つきあ》うようになる。そのときは彼女をみんな「おばさん」と呼んでいる。彼女もそのときはおばさんの立前になっていろいろ親切に世話をやくのであった。
 河堤の古本屋の箱屋台はすっかり黒い蓋をしめて、その背後に梢を見せている河岸の菩提樹《ぼだいじゅ》の夕闇を細《こま》かく刻《きざ》んだ葉は河上から風が来ると、飛び立つ遠い群鳥のように白い葉裏を見せて、ずっと河下まで風の筋通りにざわめきを見せて行く。ルーブル博物館を中心に肩を高低させている向う岸の建物の影は立昇る河霧にうっすり淡色の夕化粧を見せて空に美しい輪廊を際立たしている女の横顔《プロフィール》のようだ。その空はまた一面に紫薔薇色の焔を挙げて深まろうとしている。闇を掻き乱そうとしている。黄、赤、青のネオンサインは街の中空へ「夏はドウヴィルへこそ」とアルファベットを綴っている。
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――…………
――まあお聞き……。というわけでね。さっきから言ったようにね
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