死んだアルザス人だ。夭逝《ようせい》した天才の仕事には何処か寂しいエゴイズムが閃《ひら》めいているものだ。
新吉はこの部屋へ今にも訪ねて来る約束のリサに会い度くなってしまった。新吉は一応内懐の紙入れを調べて帽子を冠りドアーを開け放して来てから、椅子に腰掛けてリサを待ち受けた。いら/\した貧乏ゆすりが出た。そうしながらも新吉は残酷と思いながらしきりにおみち[#「おみち」に傍点]のおさな顔に白髪の生えた図を想像した。
家鴨料理のツール・ダルジャンでゆっくりした晩餐《ばんさん》をとった後、新吉とリサ[#「リサ」に傍点]とは直ぐ前のセーヌ河の河岸に沿って河下へ歩き出した。酔った新吉をリサは小児のようにいたわっていた。
リサは健康で牛のような女だった。新吉が彼女に逢ってから十年近くも経つのに彼女は相変らず遊び女を勤めている。リサに言わせると遊び女は母性的な彼女の性格には一番|相応《ふさわ》しい職業だといっている。彼女は巴里へ来たての外国人の男たちを何人となく巴里に馴染むまでに仕立て上げる。男達はそれまで彼女の厄介になると彼女から離れる。そしてもっと気の利いた面白い女へ移る。然し彼女はすこし
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