里の遺物である。大体、戦前から戦後にかけて彼の筆役勤務の現役を終えた文人であって、この付近に雑誌社、新聞社の巣窟があった時代の習慣で足はおのずとここへ向く。デカダン時代の風雅に養成された彼は、今日の唯物的健康なるものに対して悉く反噬《はんぜい》する。
「このごろ西の郊外に出来る新住宅の様式は、あれは建築ではないね、あれは建築の骨組というものだ。造作は永久に取付けない――」
併せて彼はフランス主義者だ。カクテールを誂えているアメリカ娘に向っていう。
「御免下さいお嬢さん。巴里には Cocktail《カクテール》 というものは御座いませんぜ、Coqueter《コクテー》 ならありますが。全然アメリカのものとは違うんです。
十一番《ルオンジェーム》
イタリー街の朝のキャフェの一つのテーブルにぐったり[#「ぐったり」に傍点]肱を落した絹襟巻の紳士は、マデレン寺院を中心に直径半マイルほどの円囲内に地潜っている賭博宿の一つから出て来たものだ。ニコチン中毒で冷たく乾燥した手の掌を頭の毛に摺りつけては、その触覚を取戻そうと努めながら口の中でいっている。
「十一番、十一番、十一番、十一番
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