……。」
 近ごろ Sanremo Casino の賭博室で、ルーレットが十一番に六回続けて当ったという事件があった。四回まで同じ人が張って五回と六回は人が代った。もし同じ人が六回まで張り通したら、カジノは七十万円ばかりの損になる勘定であった。
 この噂がこの社会一般に伝わると、|No. 11《ヌューメロオンズ》 という数は異様な神秘をもって賭博者流の心を捉えた。十一番の模倣者が続出した。そしていたずらに「数」の気まぐれに翻弄された。
 白絹襟巻の紳士は、涸裂《ひわ》れた唇に熱い珈琲《コーヒー》のコップを思い切って押しつけた。苦痛を通して内臓機関に浸み込んで行く芳烈な匂いは、彼の眼に青とも桃色ともつかぬ二重の蝶を幻覚させた。その蝶が天地大に姿をフォーカスし去ると、そこに二階の窓々で飾人形を掃除している並木越しの商店街を見出した。



底本:「世界紀行文学全集 第二巻 フランス編2[#「2」はローマ数字、1−13−22]」修道社
   1959(昭和34)年2月20日発行
入力:門田裕志
校正:田中敬三
2006年3月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの
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