彼は却《かえ》って面喰《めんくら》った。だがその場の滞《とどこおり》を流すように、
「今日は僕も休日さ。」
といってちょっとポケットから椰子《やし》の実を覗《のぞ》かして向《むこ》うへ行った。多分《たぶん》モンマルトルの祭《まつり》の射的《しゃてき》ででも当てたのだろう。
モンマルトルへはリゼツトは踏み込めなかった。ポアッソニエの通りだけが彼女に許された猟区《りょうく》だった。その中でもキャフェ――Rが彼女の持場《もちば》だった。この店へは比較的英米客が寄り付くので献立表《こんだてひょう》にもクラブ・サンドウィッチとか、ハムエッグスとかいう通俗《つうぞく》な英語名前の食品が並べてあった。
客が好んで落ちつく長椅子《ソファ》の隅《すみ》――罠《わな》はそこだ。その席上を一つあけて隣の卓子《テーブル》へ彼女の一隊は坐《すわ》った。
彼女に惚《ほ》れているコルシカ生《うま》れの給仕男《ギャルソン》が飛んで来て卓子を拭《ふ》いた。
「注文はなに? ペルノか、よし、ところでたった今、レイモンがお前を尋《たず》ねて来たぜ。」
彼は何でも彼女の事を知っていた。彼女の代《かわ》りに彼が金
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