マギイ婆《ばあ》さんは保証した。序《ついで》に報酬《ほうしゅう》の歩合《ぶあい》をきめた。婆さんは一応帰って行った。
 リゼットは鏡に向《むか》った。そこで涙が出た。諺《ことわざ》の「ボンネットを一度水車小屋の磨臼《ひきうす》に抛《ほう》り込んだ以上」は、つまり一度|貞操《ていそう》を売物にした以上は、今さら宿命《しゅくめい》とか身の行末《ゆくすえ》とかそんな素人《しろうと》臭い歎《なげ》きは無い。ただ鏡がものを映《うつ》し窓掛《まどか》けが風にふわふわ動く。そういうあたりまえのことにひょいと気がつくと何とも知れない涙が眼の奥から浸潤《にじ》み出るのだ。いつかもこういう事《こと》があった。
 掛布団《かけぶとん》の端《はし》で撥《は》ねられた寝床《ねどこ》人形が床《ゆか》に落ちて俯向《うつむ》きになっていた。鼻を床につけて正直にうつ向きになっていた。ただそれだけが彼女を一時間も悲しく泣かした。
 涙と寝垢《ねあか》をリスリンできれいに拭《ふ》き取ってそのあとの顔へ彼女は「娘」を一人|絵取《えど》り出した。それは実際にはありそうも無い「娘」だった。曲馬《きょくば》の馬に惚《ほ》れるような
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